無尽灯

医療&介護のコンサルティング会社・一般社団法人ロングライフサポート協会代表理事 清原 晃のブログ
高齢社会、貧困、子育て支援などの様々な社会課題が顕在化しつつあります。このような地域社会の課題解決に向けて家族に代わる「新しい身寄り社会」を創造する取り組みとして、2011年から①身元引受サービス②高齢者住宅低価格モデルの開発③中小零細高齢者住宅事業支援サービスを掲げた「ソーシャルビジネス」にチャレンジしています。

<WEDGE1月号より前回の続き>
大阪の衰退の契機になったものは工業への強い規制であったと言われます。高度経済成長期、東京都や大阪府などの都市部では、産業と人口が過度に集中していたことに加えて、公害が深刻化していた。その為に、工場等制限法や工業再配置促進法、工場立地法の「工場三法」で規制をかけることになりました。関西圏の工業生産もピークに達しており、制限をかけるというのは当時としては当然であったかもしれません。しかし、その背後には前回述べた、産業構造の変化が既に起き始めてており、この工場3法はそれに拍車をかけることになったようです。その構造変化に
気づくのが遅かったとも言われています。

結果としては、大阪都心部から周辺都市へ、そして関西以外の地域や海外の中国へと移転してしまいました。

そして、71年、大阪府政に転機が訪れることになります。「公害知事さんさようなら、憲法知事さんこんにちは」をスローガンに黒田府知事の誕生です。

黒田府知事の時代になり、工場等制限法を厳密に適用し、工場を追い出し、大学についても同様に大阪府内の中心にあった大学を市外に移転させた、と言われます。大阪市に立地する大学は11校であるのに対して東京都は91の大学があり、学生数も東京都内の47万人に対して、大阪市では約2万8000人に留まると指摘されています。

大阪では企業と大学との連携も不足しており、ベンチャー企業が育たないとも言われているようです。

その後、黒田府政は、老人医療無料化・府立高等学校増設など、低所得者層を重視した福祉政策に傾斜していきます。ここにおいて指摘されるのは、経済との両立、税収とのバランスです。バランスを欠いた福祉政策や構造基盤が弱体化しているにもかかわらず、関空建設等において
更に財政を苦しめる政策が続き、結果として大阪は全国でもワースト3に入る失業率と極めて厳しい財政を抱えることになったのです。

大阪市の生活保護費は税収の約半分を占めるまでになっています。
これは驚く記録ですが、戦後すぐの51年には生活保護率(人口に占める生活保護受給者の割合)は全国でも2番目に低い0.15%に過ぎなかったと言われます

大阪の衰退要因が重なり始めた70年代半ばから全国トップ水準の生活保護率に駆け上がったようです。以下は、次回、「生き残り戦略を大阪から学ぶ」について要点をまとめてみたいと
思います。
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WEDGEの1月号に表記の興味深い記事が載っていました。

『史上最低の内定率や産業空洞化、円高不況・・・大変な環境にあるにもかからず、思い切った対策が打てないでいる。猛烈な勢いで生産拠点が海外へ移転しても経済成長を成し遂げた自負が変革を妨げている。だが、それは、かつての成功体験に安住し、産業構造の転換に乗り遅れた
大阪と重なる。日本は大阪の失策に学ぶ必要がある。』

具体的にどのような失策があり、どのような対策が考えられるのかについてポイントをみてみたいと思います。大阪の失策としてあげられる問題点に、「産業構造変化を甘く見た大阪」という指摘があります。

大阪の衰退は大阪万博を境に始まったと指摘しています。県民総生産の全国シエアをみると、大阪府近畿圏のピークは、大阪万博が開催された70年ごろと言われます。万博が終わったころには産業構造は大きく変化し始めていたのです。

大阪の産業構造の変化を最も早く示唆した動きは、大阪企業による東京への本社機能移転と言われます。即ち、人口や市場の大きさ、情報の集中、霞が関の影響力、海外との取引関係において東京一極集中が始まっていました。

又、74年を境に、大阪圏から人口転出が始まりました。その主要因は就業者の転出ですから、当然産業構造の在り方に早急にメスを入れなければ、域内経済の沈滞は免れないという判断があってしかるべきでありましたが、現実にはそうはならなかったようです。そこに問題があるのです。
<続きは次回に>
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前回の続きとなりますが、ベンチャー企業の動向について、今日の日経には「企業支援マネー低迷」という記事が載っていました。前回は企業のIPOがいかに低調かという内容でしたが、本日の内容はベンチャーキャピタル(VC)の昨年度の投融資金額はピーク時の3割に減少というものです。

創業期の企業による公的融資の利用額も同8割程度と低迷、民間銀行の起業家向けの融資も伸びず、中小企業への貸出残高は過去最低基準となったと報じています。

企業の新規上場数が減少しており、資金回収しにくくなっていることが投資減少の一因と言われています。

アメリカではリーマン・ショック後に先進国の弁茶企業への資金供給力は大幅に低下したが、昨年10月1~6月のVC投資額は114億ドルと前年同期比49%増と報じています。環境分野やハイテク分野への投資が拡大しており、成長市場への資金流入が回復し始めていると言われます。

しかし、日本国内は起業に向けた環境整備が遅れ、廃業数が開業数を上回る状態が続いています。民間銀行の中小向け融資残高は170兆円強とピーク時の1990年代半ばから35%も減少しています

どこにその原因があるのでしょうか。このままでは本当に日本は沈没してしまいます

少し明るい材料は、シニア起業家に存在感という記事が載っていたことです。大企業OBらが新市場を開拓し始めたというものです。起業する人の中で、60歳以上の割合が増えており、開業者の7.7%を占めているとのことです。同じ思いを持つ方々が出始めていることをうれしく思いますが、まだまだこれからでしょう。
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