今月号のWEDGEに表題の特別レポートが掲載されています。考えさせられる内容ですので、少しご紹介したいと思います。

爆発的な高齢化が進む大都市圏。団塊の世代が75歳を超える2025年、郊外には後期高齢者が4倍近くまで増える市町村もある。高齢者の所在不明問題に注目が集まったが、インフラ整備を急がなければ、孤独死は日常茶飯事になるかもしれない。

多くの国民が抱く「住み慣れた地域、自宅で老後を過ごす」という希望を満たすには、在宅介護を手厚く支える仕組みが必要だ。

私たちがまずやらなければならないのは、元気なうちから「老い」「死」「終末期の医療」について学び、意思決定していくことだ。

と冒頭の記事に書かれています。

51年に82%を占めた自宅死は一直線に減少し、09年では12%、85%が医療機関で死亡する。老人ホームなどの施設死もたった4%だ。やはり大半の日本人は病院で死んで、裏口からひっそりと運び出されるのである、と述べられています。

いつの時代からこのように人間の死が裏の世界のように扱われるようになったのでしょうか。家族に看取られ、家族と最後の別れを行う光景が見れなくなったのはいつの時代からでしょうか。

人間の死に正面から向かい合うのではなく、医療任せで、あたかも分業のように扱われてしまう、そのような環境を変えたいと思います。少なくとも、自分の慣れ親しんだ環境で最期を看取りたい。そのためには、在宅サービスの充実を急がねばなりません。家族により多くを期待するのは今の環境からして無理があるのはよくわかります。それゆえに、高齢者住宅にてその環境の幾分でも補完をすることができればと思います。誰かがどこかで、その仕組みを作らねば大変なことになってしまいます。

今月号について何回かに分けて紹介をしておきたいと思います。