無尽灯

医療&介護のコンサルティング会社・一般社団法人ロングライフサポート協会代表理事 清原 晃のブログ
高齢社会、貧困、子育て支援などの様々な社会課題が顕在化しつつあります。このような地域社会の課題解決に向けて家族に代わる「新しい身寄り社会」を創造する取り組みとして、2011年から①身元引受サービス②高齢者住宅低価格モデルの開発③中小零細高齢者住宅事業支援サービスを掲げた「ソーシャルビジネス」にチャレンジしています。

2017年07月

<前回に続く>


ほとんどの先進国には「最低所得保障」がある

私は他の先進国についても調べてみたが、フランス、カナダ、オーストラリアなどでも、低所得高齢者向けの最低所得保障の制度を備えていることがわかった。カナダは「老齢年金」(OAS)の受給が一定額に満たない低年金者に所得保障を行う「補足所得保障」(GIS)という制度を導入している。

また、オーストラリアでは最低保障機能を備えた老齢年金の枠組みで、資力審査を前提に低所得者に所得保障を行っている。ちなみに同国の年金は全額税金で賄われるので、社会保険料の負担は全くない。

さらに米国では、65歳以上の低所得高齢者に対しては一般の生活扶助「補足的保障所得」(SSI)の受給条件を緩和することで、実質的な最低所得保障にしている。貧困レベル以下の収入・資産しかない人は65歳になれば月額750~850ドル(州によって異なる)のSSIを受給できる。また、低所得高齢者は家賃補助や公的医療扶助「メディケイド」などを受けることができる。

こうしてみると、先進国の中で老後の最低所得保障制度がないのは日本くらいだということがわかる。

スウェーデンの社会保障制度の基本的な考え方を反映している「社会サービス法」には、「自己のニーズを自分で、あるいは他の方法によって満たされない人は、社会委員会より生活補助およびその他生活のための援助を受ける権利を有する」と定義されている。つまり、自助努力で最低限の生活を維持できない人は政府から必要な援助を受ける権利があるということだ。

この考え方は、私が米国で取材したソーシャルワーカーの「公的扶助は施しではなく、政府からのお返しである。だから、堂々と受けるべきだ」という言葉とも共通している。

日本でもこのような考え方が人々の間にもっと広まれば、政府も低所得高齢者向けの最低所得保障制度を作らざるを得なくなるのではないか。
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問題は、国庫負担分の支給を行わない対象をどこまで広げるかだが、専門家によれば、モデル年金以上の世帯に対して、年金額に応じて基礎年金の国庫負担分を抑制すれば、最大で2.5兆円くらいの国庫負担分を浮かせることができ、そこそこの形になるだろうという。

しかし、「モデル年金以上では厳しすぎる」として(もう少し)高額年金の高齢者に限定すれば、当然であるが低所得者に回す国庫負担分は少なくなる。民主党は以前、最低保障年金の創設を提案した時に高所得者の反発を恐れてか、「トップ3~10%くらい」と提案した。しかし、「それだけでは低所得者に回す分が足りません。本気でやるなら、モデル年金以上くらいを基準にしなければダメです」と言う。

最低保障年金は、低年金者・無年金者に最低限の生活費を保障するのが目的である。その支給額(基準額)をいくらにするかだが、民主党が以前に提案した月額7万円で考えてみよう。そうすると、月額4.8万円の年金収入しかない人は7万円との差額を受け取れることになる。それでも生活が苦しいことに変わりはないが、他に住宅補助などを受けられれば最低限の生活を送ることは可能であろう。

最低所得保障の導入と共に強く求められるのは、低所得高齢者向けの住宅補助である。

実は日本の住宅対策は先進国のなかで最悪レベルにあり、下流老人の多くが民間賃貸住宅の家賃の支払いに苦しめられている。日本には低所得者向けの公営住宅はあるが、圧倒的に数が足りない。欧米は公営賃貸住宅が充実していて、フランスやイギリスでは全賃貸住宅の約20%が公営だが、日本はわずか3%程度にすぎないという。

公営住宅の供給が少ないために入居するのが非常に難しい。例えば、都営の高齢者向け賃貸住宅「シルバーピア」はバリアフリー化されて緊急対応サービスもあり、家賃も単身用は1万円台後半と格安のため大変人気がある。しかし、2016年2月に行われた抽選会の結果を見ると、目黒区八雲の住宅が254倍、文京区本郷の住宅335倍というように宝くじのような倍率だ。

日本の下流老人の多くは公営住宅に住むことができないため、仕方なく民間賃貸住宅に住み、「家賃を払ったら、手元にお金がほとんど残らない」という状況に追い込まれている。家賃補助があればなんとか暮らしていける、という下流老人は少なくないのである。

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国民年金を「最低保障年金」に変形させる

翻って日本では一般の低所得者を対象にした生活保護があるだけで、低所得高齢者向けの最低所得保障は存在しない。しかも国民年金は満額でも月額約6万6千円しかもらえず、低年金の下流老人を多く生み出す原因の一つとなっている。

「みずほ政策インサイト」(2010年1月発行)によれば、無年金者は約100万人、基礎年金(国民年金)のみの受給者は約900万人(平均年金額4.8万円)もいるという。無年金・低年金問題の深刻化を受けて生活保護を受ける高齢者が増えているが、それでも受給しているのは低所得高齢者のほんの一部である。

厚生労働省によれば、2016年3月時点で生活保護を受けている高齢者は82万6656世帯(うち約9割は一人暮らし)であり、低所得高齢者の大半は受けていないことがわかる。それでは、この人たちは一体どのように生活しているのか。憲法第25条で全ての国民に「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」が保障されているのではないのか。

このような状況をみれば、稼働能力の低い低所得高齢者に最低限の生活費を保障する制度が必要なことは明らかだ。ところが問題は政府の財政が非常に厳しい中で、それをどう実現するかである。

民主党政権は以前、国民に月額7万円程度の「最低所得」を保障するという公約を掲げたが、財源を確保できず、計画は頓挫した。

しかし、年金制度に詳しい専門家によれば、現行の年金制度の1階部分にあたる基礎年金を実質変形することで、「最低保障年金」の仕組みを作ることは可能だという。

具体的には、高所得の高齢者への基礎年金の部分の支給額を減らし、その分を低所得の高齢者に回すのである。基礎年金の財源は約20兆円だが、そのうち半分の約10兆円を国庫負担(税金)、半分を保険料で賄っている。

しかし、高額年金をもらっている人にまで税財源で賄った基礎年金を全額保障する必要があるだろうか。そこで、例えば現役時代に平均年収500万円以上の高齢世帯、つまりモデル年金相当の年額の年金額約250万円の年金受給者に対しては、基礎年金の税金の部分の支給を一部あるいは全部停止し、その分を低年金者に回す。これに対しては当然、高所得者からの反発が予想される。「基礎年金の国庫負担分を受け取るのは私の権利である。高所得者になったからといって、後からそれを奪うのはひどいじゃないですか」と訴える人も出てくるかもしれない。

実は、今の年金制度は「基礎年金の給付総額の2分の1については国庫負担分でまかなう」と言っているだけで、「個々人に基礎年金の2分の1を国庫負担分で保障している(する)」とは言っていないのだという。

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ドイツやイギリスの「最低所得保障」

ドイツでは日本の生活保護と同様に低所得者向けの「生活扶助」の要件に親族の扶養義務を課しているが、それによって問題が起きてしまった。

自分の子どもに扶養義務が課せられるのを恐れて、申請を諦める低所得高齢者が増えたことだ。そこで2003年に65歳以上の低所得高齢者だけを対象に「基礎保障」という制度をつくり、要件を緩くして受給しやすいようにした

具体的には、子どもと親の資産を合わせた保有限度を10万ユーロ(約1200万円)と高く設定することで、扶養義務の範囲を狭くしたのだ。

ドイツが高齢者向けの最低所得保障制度をつくったのは、高齢者は稼働能力が低く、再び働ける可能性も少ないため、一般の低所得者と分けて保護する必要があると考えたからである。これによって、低所得高齢者は問題なく最低限の生活保障を受けられるようになったという。

イギリスでも2003年に、低所得高齢者に最低限の生活費を保障する「年金クレジット」を導入した。これは一般の低所得者向けの「生活扶助」とは異なり、高齢者だけを対象にした制度である。

政府は公的扶助につきまとうスティグマ感を軽減するために「年金クレジット」という名称にし、運営も福祉事務所ではなく年金事務所(雇用年金省)にした。この辺りに低所得高齢者に対する配慮が感じられる。

年金クレジットは「保障クレジット」と「貯蓄クレジット」で構成されている。保障クレジットは60歳以上で年金などの収入が一定額(単身・週114.05ポンド、約1万6千円)に満たない場合、その差額を最低所得として支給する。貯蓄クレジットは65歳以上を対象に貯蓄を促すのが狙いで、年金などの収入が一定額(単身・週159ポンド、約2万2千円)に満たない場合、収入に応じて、単身者に週17.88ポンド(約2500円)を上限として支給する。

イギリスでは当時、特に低年金者の中に女性が多いことが問題視された。政府はその理由として、(1)男性と比べて就業率が低いこと、(2)子育てなどが理由でパートタイム就業に頼る傾向があり、職域年金の対象になりにくいことなどをあげ、低年金問題の対応に力を入れた。日本でも単身高齢女性の貧困率が52.3%(単身高齢男性は38.3%)に達していることを考えると、これは重要なポイントである。

イギリスの年金クレジットは、女性の低年金問題の改善に大きな効果をあげた。雇用年金省が発表した報告書「女性と年金―証拠―」(2005年)によれば、年金クレジットによって190万人が貧困から逃れることができたが、そのうち130万人は女性だったという。

このようにドイツやイギリスは一般の低所得者向けの「生活扶助」とは別に、低年金者・無年金者に最低限の生活費を給付する「最低所得保障」制度を公的扶助の中で実施している。

一方、スウェーデンやフィンランドなどは公的年金の枠組みで、一定額に満たない低年金者などに最低限の生活費を支給する「最低保障年金」制度を導入している。報酬比例部分から得られる年金額と最低所得の基準額との差額を補てんする仕組みである。

最低保障を行う制度は公的扶助の一環として行えば「最低所得保障」であり、年金の枠組みで行えば「最低保障年金」となる。そのやり方や名称は問題ではなく、大切なのは低年金者・無年金者に最低限の生活費を保障する制度をつくれるかどうかである。

<次回に続く>
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低所得高齢者が問題となっています。日本の生活保護政策だけでは、増大する低所得高齢者は救われません。諸外国にできて、何故日本で低所得者に対する制度ができないのでしょうか?財源だけのはずではないはずです。
矢部武氏による諸外国における最低保証制度をみながら考えてみたいと思います。
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矢部武の「孤立死」から「自立死」へ Vol.66

低所得高齢者向けの「最低所得保障」をどう実現するか
2016.07.21 ジャーナリスト 矢部 武

日本では年金収入だけで暮らしていけない下流老人の問題が深刻化しているが、高齢者の生活苦と貧困の広がりは先進国に共通した社会問題となっている。

その背景には各国とも平均寿命が延びて老後の生活が長くなっているにもかかわらず、年金財政の逼迫で給付額が減らされていることがある。

各国では、低所得の高齢者に最低限の生活費を保障する「最低所得保障」制度を導入して、問題に対応している。

一方、日本には生活保護制度はあるが、スティグマ感や親族の扶養義務などで認定のハードルが高く、低所得高齢者の「セーフティネット」としての役割を果たしていない。

そこで、今回は他の先進国の経験を参考にしながら、日本で高齢者向けの「最低所得保障」制度をつくることは可能なのかを考えてみたい。

<次回に続く>
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