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<マンション高齢化時代> 認知症(中)

組合危機、患者も理事

「今から説明しろ」

 夜、大手マンション管理会社の男性社員の携帯電話が鳴った。相手は都内のマンションの管理組合で理事長を務める60代の男性。建物管理の委託を受けており、昼間に会って建物の修繕について説明したばかりだったが、男性は「何も聞いてない。もう一回説明しろ」と繰り返す。やむなく昼間と同じ説明を電話口で話した。

 約50世帯のこのマンションでは管理組合の役員は輪番制だった。これまでは問題なかったが、一昨年、思わぬ事態が起きた。役員が回ってきた住民の中に、会話の内容をすぐに忘れるなど認知症とみられる男性がおり、理事長になったのだ。管理会社は「男性は前に役員を務めたことがあり発言力もあった。他の住民が様子がおかしいと思っていても何も言えなかったようだ」と話す。

 理事長に就任後、男性は理事会に向けた打ち合わせの内容を何度も管理会社の社員に聞き直し、暴言を繰り返した。理事会後に社員を引き留め、「説明の仕方が悪い」などと八時間にわたって説教したこともある。

 男性があまりに会話内容を忘れるので、管理会社はその後、理事会はもちろん男性との会話はスマートフォンなどですべて録音。会話の内容は他の理事にも伝えていた。任期は一年で、男性は昨年三月に退任。「ストレスで体調を崩した社員もいた。管理会社として、これ以上続けられないという状況になりかけた」。男性社員は振り返る。

 区分所有法により、分譲マンションの区分所有者で組織されるのが管理組合だ。建物の保守や修繕を手掛け、区分所有者で自主運営するところもあれば、管理会社に委託するところもある。最近は住民の高齢化や負担の大きさから役員のなり手不足が慢性化。さらに認知症の住民が増え、全国マンション管理組合連合会の川上湛永(やすひさ)会長(74)は「今後、運営はさらに難しくなる」と話す。

 川上さんは一月、会長を兼務する日本住宅管理組合協議会で、役員らと「管理組合の役員に認知症の住民を受け入れるべきかどうか」を協議した。慎重論もあったが、「家族同伴など条件付きで受け入れる」という結論に至ったという。「認知症の人は社会参加が少なくなりがち。組合活動が社会との接点になる」のが理由だ。

 ただ、管理会社からは「認知症の役員がいると現実として負担が増える。協議会の考えは楽観的すぎる」との声も漏れる。日本マンション学会中部支部の支部長を務める花井増実弁護士(65)は「他の住民に代わって判断するのが役員の仕事。判断能力がない人を役員にするのは違和感がある」と指摘。「外部役員を入れるなど他の方法も考えるべきでは」と話す。

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 一方、周囲の理事が支えた例もある。築40年の東京都内のマンションでは四年前、80歳代の男性に輪番制の理事が回ってきた。その数年前に妻を亡くして以降、認知症とみられる症状が現れ、徘徊(はいかい)や大声を出すなどして問題となっていたが、理事会で「認知症は人ごとではない」と受け入れることに。ほかの理事約二十人が認知症サポーター養成講座を受け、男性と一緒に活動した。

 このマンションの管理会社ディ・エム・シー(横浜市)の梶原洪三郎顧問(71)は「役員といっても、全員に会計など明確な仕事があるわけではない。月一回、話し合うだけでもいい。責任を伴わない役割なら、認知症の人でもできる」と強調。会議中に男性が延々と話し続けるなど、周りの理事の苦労もあったというが、こう付け加えた。「認知症を理解して、それも含めて受け入れることができれば。これからも同じマンションで一緒に暮らしていくのだから」 (寺西雅広)

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