<前回に続く>

地方で暮らし続けた親が認知症になったり、1人での生活が立ち行かなくなると、都会に出てきた子どもたちが引き取る。でも、子どもたちには築いてきた家族の暮らしがあり、住まいにゆとりがないため、同居は難しい。そこで近くの施設に住んでもらえば、頻繁に行き来ができる。近距離介護となるわけだ。

 中国でも似たような事情があるという。運営しているのは「有愛・家養老照枦中心」という企業。7ヵ所の幼稚園を手掛けており、ここで高齢者介護を始めたのは2014年6月。

 デイサービスのように日中外部から通って来る高齢者は1人。それから、周囲のマンションで訪問介護を受けている人は7人。料理や掃除の訪問サービスは1時間で25元(400円)、通院介助は1時間50元(800円)。2人のスタッフで訪問する。週1回だけ利用する人も、毎日の家庭もあると言う。

 訪問と通所、それに宿泊の3サービスを同じ事業者が行っている。日本の介護保険の「小規模多機能型居宅介護」と近い在宅サービスである。といっても、北京には介護保険制度はないので、こうした費用はすべて利用者が支払う。

 泊まり続けている人の食事を含めた入居費は月4200元(6万7200円)。重度になると6000元(9万6000円)が必要になると言うからかなりの高額である。加えて入居時に保証金として5000元(8万円)かかる。入院時などの費用にあてるもので、残額は退去時に返金される。

 入居している85歳の女性について話を聞くことができた。夫が脳卒中のため自宅で倒れたので、夫婦で3ヵ月前に入居した。夫は3週間前に亡くなったが、妻は「1人だと寂しいので」、ここで暮らし続けている。地域の衛生サービスセンターから医師と看護師の来訪を受けながら療養してきた。入居費は夫妻で9000元(14万4000円)。

 スタッフは4人の女性だけという説明には驚いた。いずれも遠く離れた地方から北京に出てきた。全員がこの5DKの一室で泊まり込みながら働いている。「えっ」と思わず聞き返してしまった。だが、説明を聞くうちに納得させられた。かえって今の中国の介護の実情がよく分かった。

 介護制度が確立していないため、在宅サービスがまだ普及していないことや、有料老人ホームは富裕層向けで利用料が高額なため、自宅介護が一般的である。共働きが一般的だから、介護の手が足りない。そこで、沿岸部の大都市で暮らす中間層や富裕層は、家族介護のために地方出身の女性を住み込みで雇うことが広く行われている。

 北京市では、介護を受ける場所についての目標値を「9073」としている。自宅が90%、在宅サービスが7%、病院や施設が3%ということだ。上海市では「9064」である。いずれも2020年を計画達成年としている。自宅介護の比率が高い。

 自宅介護と同様のスタイルが、この「万柳星林家園」での住み込みという働き方で採られていると見ていいだろう。最近では、こうして地方から出稼ぎに来る人たちが少なくなり、大都市部での介護者の不足が問題になっているとも言われる。地方と都市部での人件費格差が縮まれば当然の現象だろう。

<次回に続く>