<前回に続く>

腸内細菌に対する抗体が原因

 次に青木氏は、この抗ECA抗体が関節リウマチ患者にも認められるかどうかを検討した。

 その結果、関節リウマチ患者83人のうち33人(39.8%)の血中から抗ECA抗体が検出された。また、関節液が採取できた58人のうち38人の関節液(65.5%)で抗ECA抗体が陽性だった(Aoki S et al. Ann Rheum Dis,1996;55:363-269)。およそ半数の関節リウマチ患者の血液中や関節液中に、腸内細菌の共通抗原に対する抗体が存在するという結果だった。

 さらに、抗ECA抗体価が非常に高い関節リウマチ患者5人を対象とした検討では、全例がリウマトイド因子強陽性の重症例だった。逆に抗ECA抗体陰性の関節リウマチ患者8人ではリウマトイド因子陽性率が50%で、リウマチ活動度は軽度から中等度と軽症であり、関節の炎症像は比較的弱いことも確認した。2005年の成果だ。

 抗ECA抗体がたくさんあるほどリウマトイド因子が陽性になりやすく、また重症になりやすいと考えられる結果だった。

 リウマトイド因子は、変性したIgGに対する自己抗体であることが知られており、変性IgGと免疫複合体を形成して炎症を惹起すると考えられている。この自己抗体の抗原、つまり変性したIgGがどんなものかはこれまで明らかになっていなかった。この青木氏の研究から抗ECA抗体、つまり腸内細菌に対する抗体が自己抗体の抗原である可能性が示唆されたといえる。青木氏は、「関節リウマチの自己抗体の抗原が明らかになった初めての研究成果だ」と紹介しつつ、「関節リウマチ患者全員ではないが、患者の中には腸内細菌に対するIgG抗体がリウマトイド因子の抗原となって炎症が惹起されているケースがあるのだろう」と語る。

関節炎ウサギに腸内細菌の乱れ

 腸内細菌に対するIgG抗体ができるとすれば、その場は腸管だろう。そこで青木氏は、東海大学微生物学教室教授(当時)の小沢敦氏らと共同で、大腸菌O-14株を注射して作製した関節炎ウサギの腸内細菌叢と正常ウサギの腸内細菌叢を比較した。

 その結果、生体に有益と言われているLactobacillus属菌が関節炎ウサギの腸内から消失する一方で、Clostridium属菌やブドウ球菌が新たに検出されるなど、好気性菌と嫌気性菌の存在比の割合が変わっていることを見出し、99年に発表した(表2)。「当時の解析技術では全ての細菌を網羅することはできなかったが、腸内細菌叢に大きな変化が起こっていると推測されるデータだった」(青木氏)。

表2 正常ウサギと腸内細菌感作関節炎ウサギの腸内細菌叢の違い
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 関節リウマチ患者の腸内細菌叢の変化については、海外でも1980年代ごろから報告が散見されていたが、ここ数年、ゲノム解析技術が進歩したことによって特定の腸内細菌が減少したり増えているといった報告がなされるようになってきた。関節リウマチを治療することで腸内細菌叢の変化が認められるという報告もある。

 青木氏は、「これまでの我々の検討と他の報告を併せて考えると、腸内細菌叢のバランスの乱れ、いわゆるdysbiosisは関節リウマチ発症の原因になり得ると考えられる」と指摘する。

 なお、青木氏らは探索的な検討としながらも、関節リウマチ患者に対し、有益な生きた細菌のプロバイオティクス投与を行うと、関節炎の活動性を総合的に評価するスコアで病態が改善する患者がいることを確認し、2015年に発表した。「腸内細菌叢を変えることで関節リウマチの症状を改善できると期待できる結果だ」と青木氏はいう。

 青木氏は、「およそ50年間研究を続けてきて、自己抗体の抗原の一端を明らかにし、腸内細菌を変化させると症状の改善が得られることを確認した。解析技術が進歩した今こそ、さらに研究が進められ、関節リウマチの根治につながる治療法の開発が進むことを期待している」と語った。