AIで医師の仕事はどう変わるかについて鉄祐会武藤真祐理事長のお話が大変印象的です。AIやロボットが医療にかかわるようになり最終的な医師の役割は指揮者のようなものといわれます。患者と寄り添い、患者の気持ちに感情移入をする為にコミュニケーション能力を高めることが必要という先生のお話に共感します。医師としてのアイデンティティが問われます。
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「医師の役割」の再構築が不可欠 - 武藤真祐・鉄祐会理事長に聞く

m3.com2018年2月24日

――先ほど「医師のアイデンティティー」という言葉が出ました。医療の在り方が変わる中で、医師の役割はどのように変化していくとお考えですか。例えば、医療では画像診断分野を中心にAI(人工知能)の研究が進んでおり、「AIで、医師の仕事はどう変わるか」という議論があります。

[医療改革の一番のボトルネックは、個人の
マインドセットに尽きると思う」(武藤真祐氏)


 確かに、「病理医の仕事は、どうなるのか?」といった話は出ます。いろいろな専門家がアイデンティティーの危機というか、喪失に直面するかもしれないと考えている中で、医師の役割も再定義が必要でしょう。

 「ITに頼れるものは頼る」という流れが進む際、私は、「仕事がなくなる」のではなく、「作業がなくなる」のだと考えています。ワークフローの中で医師がやるべき仕事は何なのかを議論していくことが求められるでしょう。

 医療従事者も今まではルーチンな作業を行い、それで「仕事をしていた気」になっていることが実際には少なくないと思うのです。しかし、単なるドキュメンテーションのような仕事は、医師が全てをやらないといけない作業ではありません。また外科手術でも、今後は手術によってはロボットの方が上手にできるようになる時代が来るでしょう。医師がこれまでやってきた仕事の一部は、他の医療従事者やロボットなどへの移譲が進むでしょう。

 さらに今後、ITを使えば、「時間的、空間的な制約からの解放」も進みます。今の医療は、「その時間、その場所にいなければできない」という制約がありますが、今後は遠隔医療が進み、さまざまな制約が減ります。また会議もオンラインを使えば、遠隔地からでも参加可能です。

 では、「作業」が減り、さまざまな制約が減り、「医師の仕事の再定義」が進む中で、医師として価値を出すにはどうすればいいか――。私は指揮者的な役割が求められると考えています

患者さんに寄り添う、もしくは患者さんのご家族のことも考え、ソーシャルワーク的な視点も踏まえて、医療・ケアを一緒に組み立てていく能力が求められるのではないでしょうか。さまざまな「作業」を他に任せることができても、責任を持って最終的に治療・ケアの方針を決めるのは医師の仕事でしょう。患者さんの立場に立って考えれば、「人生を預ける」に足る人間になれるか、患者さんに対してどんな価値を出すかが問われることにもなります。

 「医師の仕事の再定義」に当たっては、医療界における権威が薄れていっていますので、皆が自由な発想で考えていかなければいけないとも考えています。医療に限らず、さまざまな分野で権威というものが消失する時代においては、過去から大事にしてきた医療の倫理と、新しい発想・イノベーションとの組み合わせが求められます。

 私はマッキンゼーに勤務していた時代、「世の中は、これから流動化して、何が起きるかが分からない時代になる。そうした時代だからこそ、次の時代を切り拓くことに貢献できる人間になりたい」と考え、開業に踏み切ったわけです。まだまだこれからですが、その決断は間違っていなかったと思っています。

(提供:株式会社インテグリティ・ヘルスケア)

――医師に求められる役割が変わると、医学教育、医師の養成の在り方から改革が求められるのではないでしょうか。

 はい、そう思います。最低限の医学知識の習得は当然必要ですが、それ以上に求められるのが思考・コミュニケーション能力を高めることです。

答えがない中で考え抜き、いかに対応していくか。また他者のみならず自分のストレスにどう対処していくか。患者さんは医療者よりも困った立場、弱い立場に置かれているわけですから、患者さんが自分の人生を任せることができるようになるためにも、われわれ医療者自身にタフネスやレリジエンスが求められます。

――そうした人間性の涵養が重要になってくる一方、最先端の技術の研究者も必要になってくる

 例えば、東大医学部に限りませんが、研究志向の医師は研究に専念した方がいい。私のように、開業や起業もして、医療プラットフォームづくりに取り組む変わった医師がいてもいい(笑)。でも、一番大事なのは、やはり患者さんの最も近くにいる臨床医だと思います。

――これまでお聞きしたビジョンの実現に、制度的なハードルは何かと考えますか。

 制度的なハードルはいずれ解消できますが、最も大きなボトルネックは個々人のマインドセットに尽きると思います。

それは医師、医療者に限らず、患者さんも含めてです。患者さんには、「将来はこんな医療になってほしい」と考えていただきたい。医療者には、目指すべき未来の医療に向けて、自分がどう関わり、どのように貢献でき、どうしたら価値を出すことができるかを考えることが求められます。

 昔、電車の改札口には、切符を切る駅員さんがいました。しかし、自動改札が普及して、作業自体がなくなってしまった。同じようなことはどの分野でも起こり得ます。自分たちを否定し続けながら、成長、新しい価値を創造できる人が必要になります。100人の中で5人でもそういう人がいれば、世の中を変えていけると思うのです。それは自己否定やアイデンティティーの喪失を伴いますから、ものすごく苦しい作業であり、タフネスが求められます。

 さらに「医師も患者さんも、基本的には弱い」という観点も忘れてはいけません。「100%強い人」はいないという前提の上で、新たなシステムを構築していくことが必要です。人間的な強さと弱さがある中で、どのようにレジリエンスを構築していくかも課題となるでしょう。