みわよしこ氏の「災害は確実に、生活保護との間の距離を縮める。災害による生活基盤へのダメージは、ジワジワと長い時間にわたって残り続ける。最後に生命と生活を支える基盤は、生活保護しかない」という言葉は大変重い言葉です。

東日本震災から8年を経過し、時間とともに地域が崩壊していく様を我々は経験しました。人口減少、高齢化の進展、孤独死の増加、特に地方における衰退は目を見張るものがあります。阪神大震災の際に神戸市西区において災害前以上の復興を果たしているというのは特別な地区であり、多くの地域では災害により復興は望むべくもありません。

その結果、みわよしこ氏が引用されていますように、神戸大学医学部教授として阪神淡路大震災を経験した精神科医の中井久夫氏の言われる、時間と共に拡がる格差「ハサミ状格差」が地域を襲うことになります。最後に生活弱者は生活保護に救いの道を求めるしか残されていません。
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大震災で急成長?神戸市西区に見る災害を「バネ」とした復興の可能性
ダイヤモンド・オンライン2019.3.15
 みわよしこ:フリーランス・ライター

災害前以上の「復興」は
本当に可能なのか

 大災害に襲われた地域では、住民の生命や心身、生活インフラや住環境、地域コミュニティや産業が大きなダメージを受ける。そのときは誰もが、「復旧」あるいは災害前以上の「復興」を望むはずだ。では「復旧」や「復興」は、本当に可能なのだろうか。

いずれにしても、「復旧」を超えた「復興」の可能性は、5~10年を目安として、人口の回復によって判断できることになる。若い世代や子育て世代を増加させることに成功すれば、さらなる経済成長も期待できる。

貧困の問題、特に「住」の貧困問題が存在している地域では、災害による被害が大きくなる。そのとき、失われるのは住居だけではない。あらゆるインフラが再建や再構築の必要に迫られる。災害で住まいを失った人々が同じ場所・同じ地域に戻ることは、少なくとも数年間は困難だ。

 そこで、遠く離れた仮設住宅などに転居することになる。しかし、災害以前に数多く存在した「生活保護で住める住居」は、いったん失われると復旧しない。家主に、再建する余力がない場合もある。再建されて新築アパートとなると家賃が高額すぎるため、「生活保護で住める住居」ではなくなる。

 災害は、人や地域を選んで襲ってくるわけではない。しかし、被害の実態や復旧の進行には災害以前の状況が反映される。もともと経済的に脆弱さを抱えた人や地域は、大きな被害を受けやすく、回復の速度も遅くなりやすい。ゆっくりでも回復すればよいのだが、回復せず「ジリ貧」となる場合もある。

 神戸大学医学部教授として阪神淡路大震災を経験した精神科医の中井久夫氏は、時間と共に拡がる格差を「ハサミ状格差」と呼んだ。また古くから、「マタイ効果」という言葉がある。これは、新約聖書の「マタイによる福音書」の中にある「富める者はますます富み、貧しき者はますます貧しくなる」という記述から取られた言葉だ。2000年前にはすでに、放っておけば格差は拡大するものだったのだ。

今年は、2011年の東日本大震災から8年目、2016年の熊本地震から3年目、2017年の九州北部豪雨から2年目にあたる。そして、2018年の西日本豪雨と北海道地震からは、まだ1年が経過していない。

 どの災害も、人々や地域に大きな打撃を与えている。その打撃は、人口や経済の面だけでも、簡単に回復できるものではない。そして、災害以前に「貧」や「困」を抱えていた人々や地域であればあるほど、より大きな打撃を受け、回復も困難となる。「復旧」や「復興」を安易に期待することは、非常に罪深い行為なのかもしれない。

自治体ごとの生活保護世帯数および人員数は、多くの災害で、「いったん減少→増加→……→減少」というパターンをたどる。

 発災後の「いったん減少」の背景として挙げられるのは、まず災害そのものによる死亡や災害関連死だ。全国で、生活保護世帯のおおむね70%を高齢者・障害者・傷病者、すなわち「災害弱者」が占めていることを考えると、全く不思議ではない。地域の大半が被災した場合には、遠隔地の仮設住宅やアパートへの転居を余儀なくされ、その地域からいなくなることもある。

災害は確実に、生活保護との間の距離を縮める。災害による生活基盤へのダメージは、ジワジワと長い時間にわたって残り続ける。最後に生命と生活を支える基盤は、生活保護しかない。

 防災インフラとしての生活保護がなくなったら、次に災害が襲うとき、自分と家族と地域を何が支えるのか。ぜひ、思考実験していただきたい。