熊本日日新聞の言葉は短いが何よりも説得力がある。菅義偉首相の「最終的には生活保護」には多くの方々が憤った。当然であろう、その上から目線の発言は決して容認できるものではない。熊本日日新聞は次のように言う。

▼社会保障政策で生活保護が担う「救貧」と、年金や社会保険の「防貧」を区別できない無理解は置く。気になるのは、突然の収入減などに戸惑い困窮する人々を見下ろす目線である。自らや身内は絶対に渡らない川の向こうを眺めるような。

短いが心に突き刺さる言葉である。救貧と防貧の区別が出来ない者が国のリーダーとなっている。
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2月21日付 熊本日日新聞
▼コロナ禍で市井の誰もが懸命に世の中を支える今、頭を離れない菅義偉首相の言葉がある。「最終的には生活保護」。高名なテレビキャスターは「ある意味正論」とうなずいた。そうだろうか

▼社会保障政策で生活保護が担う「救貧」と、年金や社会保険の「防貧」を区別できない無理解は置く。気になるのは、突然の収入減などに戸惑い困窮する人々を見下ろす目線である。自らや身内は絶対に渡らない川の向こうを眺めるような

▼近代日本の傑出した巨人である漱石は、同時に一人の生活者として生きた。「小さき人」に注ぐまなざしは日差しにも似て温かい。県内で初の感染者が確認されてちょうど1年たつ。去年より過ごしやすい春になーれ。