無尽灯

医療&介護のコンサルティング会社・一般社団法人ロングライフサポート協会代表理事 清原 晃のブログ
豊かな高齢者社会の構築に向けて、日々尽きることの無い気付き、出会いを綴って参ります。

カテゴリ: 在宅医療

在宅死の理想と現実について日本在宅ホスピス協会会長の小笠原文雄医師がお話をしています。
誰もが自宅で最期を迎えたいと思うのですが、現実は厳しいようです。まずは家族が最後まで寄り添う体制があるかどうかが重要であり、家族に迷惑をかけたくないから再び病院に逆戻りというケースや、家族が最後には放棄をする(家庭内孤独死)とかがあると言われます。

しかし、家族に代わって見守りサービスを使い在宅死を迎えることが出来るようになってきているという言葉に救われます。今後はこのようなケースが増えると思われます。
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在宅死の選択 笑顔でピースできた人いる反面、家庭内孤独死も

2017年12月11日 07時00分 NEWSポストセブン

 56.4%の高齢者が「自宅で最期を迎えたい」と望んでいる(2014年内閣府調査)にもかかわらず、自宅で臨終を迎えるのは12.8%(2012年厚労省公表データ)に過ぎない。在宅死の難しさはこのギャップに表われている。これまで1000人以上の在宅看取りを行なってきた専門医に「自宅で死ぬこと」の理想と現実について聞いた。

 看取った直後に家族がピースサインで写真に収まる──そんな光景が現実に存在すると証明したのが、日本在宅ホスピス協会会長の小笠原文雄医師だ。

 今年6月に発売され、7刷を重ねる話題作となった小笠原医師の著書『なんとめでたいご臨終』(小学館)には、そんな故人と遺族の写真が多数掲載されている。

「今ではNPOや民間企業などが連携して24時間体制の見守りサービスを提供している自治体も多いので、独り暮らしでも穏やかな在宅死を実現できるケースが増えてきています。

 また、在宅死はお金がかかると思われがちですが、公的な医療保険と介護保険を併用すれば、ほぼ保険の範囲内でサービスを受けることも可能です。状況や考え方の違いによって在宅死の難易度は変わりますが、恐れる必要はありません」

 在宅死の「理想と現実」のギャップは除々に埋まりつつある。

<前回に続く>

看護師はAさんの思いを実現させたい一心で、即座に準備にかかり、初めて自宅訪問を実行しました。看護師は自分が持つ最大限のセンサーを働かせ外泊中の療養の様子を観察し、その情報を整理して患者・家族そして在宅スタッフが参加する退院前カンファレンス開催まで一気に進めていきました。

唯一、病棟看護師が最後まで心残りであったのは、家族の病状の理解が整わなかったことでした。延命治療を望む夫に、残された時間は日単位であること、「延命は望まないが家族が望むなら頑張るしかない」というAさんの苦悩を伝えるべく、退院前カンファレンス開催ギリギリまで話合いを持ったのですが、夫からは「帰ってから本人の様子を見て相談します」との返答だったのです。そのことを訪問看護師へ正直に伝えたうえで、Aさんの「家に帰りたい」という希望の実現に力を貸してほしと訪問看護師へ託しました。

 そんな思いを受け継いだ訪問看護師と訪問医師は、見事に家族の思いを束ね10日間の在宅を最後まで伴走してくれたのです。

その後私は、病棟看護師が自分たちの行った退院支援に自問自答している姿に触れ、関わってくださった在宅スタッフへ、デスカンファレンス開催を提案し、参加をお願いしました。

 そのカンファレンスで、病棟師長が家族の思いを引き出せないままの退院になってしまったことに触れた時、訪問医師から、家族と交わした会話の場面が語られたのです。

 在宅療養への不安が強い息子さんたちは、「何かあったら、入院できますか?」と訪問医師に訴えたそうです。

 訪問医師は、「何かって? あのね。救急車を呼ぶときは、例えば吐血したとか転倒して骨折の可能があるときなどで……。意識が少しずつ下がり、反応が鈍くなってきたときは、慌てず訪問看護師に電話してください。今、食べられなくなっているのは、もう体が栄養を必要としなくなってきているということ。今からは本人の負担をできる限り少なくするのが大切で、入院がその方法であるとは限らないのですよ」と一人ひとりの顔を見て話したそうです。

 さらに「確かに、Aさんとしっかりと会話ができたのは3回だけでした。もう少し前に出会いたかったです。でも病棟で家族の意思確認ができなかったことは、それほど重要なことじゃないです。人の心や気持ちは絶えず動くものだし、受け取ったバトンは自分たちで、最後まで完走していく覚悟はできています」と訪問医師は語ってくれたのです。

 この言葉を聞いた看護師は肩の力が抜け心から「ありがとうございます。家族に伝えられていなかったことが、ずっと心にわだかまっていました」と在宅スタッフへ感謝の思いを返しました。

 「自宅に帰りたい」という思いと「家族に負担がかかるなら無理はいえない」という思いの間で苦悩するAさんに答えを出せなかった病棟看護師の葛藤を、在宅スタッフは理解してくれたのです。

 この話を聞いて私は、病棟看護師から訪問看護師へAさんの命のバトンがしっかりとつながったと感じました。そして、病棟看護師と訪問看護師の間の見えないギャップを埋めることにちょっぴりだけどお役にたてたのかな、と思えた瞬間でもありました。

注1:退院前訪問指導とは:継続して1月を超えて入院すると見込まれる入院患者の円滑な退院のため、入院中(外泊時を含む)または退院日に患家を訪問し、患者の病状、患家の家 屋構造、介護力などを考慮しながら、患者またはその家族ら退院後に患者の看護に当たる者に対して、退院後の在宅での療養上必要と考えられる指導を行うこと。

■著者紹介
田口 かよ子(たぐち かよこ)
母院である姫路赤十字病院で職務をスタートし、その後約20年余り広島での病院勤務を経て訪問看護・有料老人ホームの立ち上げを経験。2007年に姫路赤十字在宅ケアセンターに入職。ケアマネジャー業務を経て2013年病院勤務異動となる。この頃にメッセンジャーナースSA認定を取得、2016年に看護副部長に。現在は、主に地域連携に関する業務に携わる。

在宅で最期を迎えることについて、病院の医師、病院看護師、在宅医療、訪問看護師、そして家族の連携を物語る事例をご紹介します。一人の人を自宅で看取ることに家族の不安、そしてそれをバックアップする方々の心の葛藤がわかります。
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自宅に帰りたい、でも家族に負担がかかる……
家族の思いを引き出せないまま退院に、病棟看護師が自問自答
日経メディカル2017/11/1  

田口 かよ子(姫路赤十字病院看護副部長、メッセンジャーナース)

認識ギャップが生じるのは医師と患者の間だけではありません。看護師同士でも、立場変われば認識のずれは起こり得ます。医療ニーズが高い患者さんが不安なく在宅へ移行するには、病院看護師と訪問看護師の連携なくして成り立ちませんが、この看護師間でも認識のずれを感じる場面に出くわすことがあります。

 昨年、「退院前・退院後訪問指導料」(注1)という看護を評価した診療報酬が新たに認められました。この退院前訪問指導を利用し、病院看護師が自ら在宅に出向くことで、自分たちの退院支援を見直し、さらに“つなぐ”ことの意味を考えるきっかけになった事例を紹介します。

病棟師長から「気になる患者さんがいます。本人は自宅退院への強い思いがあり試験外泊を予定していますが、家族の病状理解には大きなずれがあり、外泊することでかえって家族の不安をあおってしまうのではないかと心配です」と相談を受けました。

                    

 患者は50歳後半の女性。S状結腸癌のターミナル期です。それまでの治療はすべて自分で決断し選択をしていたので、夫や子供たちは、治療ができない時期に直面していること、すなわち看取りがすぐ近くまで来ているとは認識していませんでした。

 そこで私は、外泊中の不安を少しでもなくすること、そして療養環境を整える必要性を感じ、外泊中に合わせて病棟看護師が自宅へ訪問し指導する退院前訪問指導が利用できることを提案しました。

<次回に続く> 

在宅医療、地域包括ケアをより一層推進をしようとしたときに医師・看護師・介護といった多職種協同の前提になる基本的な価値観が必要、という考えに賛同します。デンマークでいうところの下記の「基礎価値」という考えをもっと共有せねばならないと考えます。日本ではまだまだ遅れています。
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多職種協働の機能・スキルを謳う前に

現場の問題意識は報告書に反映されているか

 病床機能の再編と、その受け皿として国が進める地域包括ケアシステムを舞台とする中では、多職種連携のあり方が「医師や看護師」の働き方を大きく左右するポイントの一つであることは言うまでもありません。

 たとえば、介護従事者による「現場での早期の異変察知」が、脳血管疾患や心疾患などの重症化を防ぎ、長期入院リスクを避けることで、医療機関側の収益悪化を防ぐことにつながることがあります。いわば「医療・看護と介護の連携の質」が、医師・看護師の処遇、ひいては働き方に影響をもたらすわけです。

 今回の検討会でも、「在宅・医療介護の推進」や「介護従事者との役割分担」といった課題が示され、医師・看護師側にも高い問題意識はあるはずです。では、その「問題意識」は報告書にきちんと反映されたのでしょうか。

多職種間の情報伝達をはばむ「階層的」要因

 報告書では、医療と介護の連携に関して以下のような文言が見られます。それは、「医療従事者がより高い生産性と付加価値を創出するためには(中略)医療従事者と連携を深めるべき介護従事者の能力発揮をうながす観点」や「介護従事者が能力と意欲に応じ、生活の場における健康管理・疾患管理の視点を身につけることに加え、(中略)簡易的な医療的ケアを行なえるよう、研修制度を含めた環境整備を図ることも重要」としている点です。

 このように、介護従事者側の「医療」にかかるスキルや資質の向上を求めたうえで、ICTや遠隔画像システム等の活用によって情報連携を図るというのが、この報告書の大筋です。

ちなみに、ケアマネに関しては、退院調整に際しての利用者への面談に「テレビ電話を活用する等、さまざまな遠隔技術の利用策を検討すべき」という提言も見られます。

 さて、こうした提言の流れでは、欠けているポイントがあります。それは、現場レベルにおいて情報連携を阻んでいる要素の一つに、「医療・看護と介護の間に今もヒエラルキー(階層)的な空気」が存在していることです。そして、その「空気」が、多職種間の情報伝達などに具体的な影響を及ぼしています

 つまり、医師、看護師、そして介護従事者が、互いの専門性に理解を示したうえで、「真に対等な立場を築く道筋」がまず必要だということです。これがなければ、研修やICTの高度化などをどんなにうたっても、現場で汗を流す人々の意識には響いていきません。    


異なる職種間で共有できる「価値」の確立を

 15年以上前にデンマークの医療・介護現場を視察したとき、もっとも目を引いたのは、多職種が「その利用者の支援において何が一番大切か(「基礎価値」という言葉が使われていました)」を対等の立場で議論することがスタートラインになっていた点です。医師が治療上の方針を表明しても、その「基礎価値」にそぐわなければ、介護従事者が堂々とそれをたしなめるという光景も見られました。

 デンマークといえば、医療職にとっては「プライマリケアの先駆国」という点に関心は高いのでしょうが、これも上記のような風土があってこそ成立しているものです

また、対等な立場で(情報ではなく)価値を共有することで、介護従事者側も「それに見合ったスキル」を身に着けることに自発的な努力を向けようとします。つまり、多職種の自律的な成長の土台ともなっているわけです。

 今回の報告書に、こうした現場の多職種を自発的に動かす「基礎価値」が備わっているでしょうか。

今、一部の自治体では、医師も看護師、介護従事者が対等な立場で「その地域住民にとって必要な介護・医療とは何か」を地道に話し合う光景が広がっています。

もちろん、最初から根強いヒエラルキーを崩すのは難しく、間に立つ自治体職員がいかに多職種の間に立って汗を流すかがカギとなります。地域でできていることを、今回のような中央の検討会でできないことはないはずです。


<前回に続く>

在宅医療との偶然の出会い、2カ月で開業を決めた
 佐々木氏は『ブラックジャック』に憧れて医学部に入った後、「1人で全身を診られる医師になりたい」と考えて総合病院の総合内科に進みました。その後、専門科を決めなければならないタイミングで消化器内科の道へ。

 当初の思いとは裏腹に、消化器内科から肝臓内科、肝細胞癌ラジオ波治療チーム、肝炎ウイルスの研究――とどんどんニッチな領域に入っていって悩んでいた2006年3月、出会ったのが在宅医療でした。「割がいい」という理由だけで行ってみた訪問診療のアルバイトでしたが、2カ月後には診療所の開業申請をするというスピードで事を進め、同年8月から24時間対応の在宅療養支援診療所として保険診療を開始しました。

 大きな特徴は、「救急診療部」を創設し、地域の在宅療養支援診療所と一緒に在宅患者の夜間対応を一元化したことです

「在宅医療は、365日24時間の緊急対応体制が求められますが、医師の献身に頼る体制では持続性に欠けます。そこで、在宅医療の機能分化を考えました」(佐々木氏)。


 つまり、普段はかかりつけ医が地域の患者をケアしますが、かかりつけ医が対応できないときに緊急対応が必要になった場合は、法人を超えたチームで地域の患者を支える仕組みです。

こうした仕組みを取り入れたことで、悠翔会で診ている患者数は、全体で日中3000人、夜間8000人 となっているそうです。

佐々木氏は「夜間だけ診ますよ、と言っただけで、数千人の患者さんが在宅医療に移行できたことを考えると、家で死にたいと考える患者さんを支える仕組みだと感じています」と話しました。


「孤立」を防ぎ健康な人生を送るために必要なこと

 ちなみに、冒頭の問に戻ると、佐々木氏は超高齢社会をあまり悲惨だとは思っていないそう

「健康な生活を送る上で重要なのは、質の高い医療と思っている人も多いと思いますが、実は医療の優先順位は高くないことが分かっています。高齢になって身体的機能が低下しても、社会的機能や精神的機能を満たせれば、健康な人生を送れます」(佐々木氏)。

 このとき重要なのは、家族や友人、ご近所さんといった本人を支える周囲の人々です。これは今、ソーシャルキャピタル(社会関係資本)の1つとしても話題になっています。

高齢者の孤立が問題になっていますが、独居だから社会から孤立している、というわけではありません。佐々木氏によれば、男性の場合、独居のために1人で食事を取っている人よりも、同居人がいるのに1人で食事を取っている人の方が死亡リスクは高いことを示したデータもあるそうです。

※ソーシャルキャピタル:物的資本(Physical Capital)や人的資本(Human Capital)などと並ぶ新たな概念のこと。人と人のつながりや、社会活動への参加などにより得られる資源を指す。

 では、ソーシャルキャピタルに乏しい人や高齢者が健康な人生を送るにはどのような支援をすればいいのでしょうか。

「新しい家族関係を築いたり、多世代で交流したり、新しい社会的役割を作ったりすることで、支えを再生していくことこそが自立支援だ」と話す佐々木氏。

この自立支援は個別性の高い手当てが必要となるため、法律などで一気に規制するのは難しいもの。佐々木氏は、「地域包括ケアシステムの中で、それぞれができることに取り組んでいくしかない」とまとめました。

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