無尽灯

医療&介護のコンサルティング会社・一般社団法人ロングライフサポート協会代表理事 清原 晃のブログ
豊かな高齢者社会の構築に向けて、日々尽きることの無い気付き、出会いを綴って参ります。

カテゴリ: 一寸一息

<前回に続く>

これでは、日本の温泉地を楽しみに来た外国人が何日も滞在したいと思うだろうか。また、日本人にも富裕層が増え、時間とカネに余裕のあるシニアが増えているが、こうした客が数日あるいは数週間にわたって滞在してこの地を楽しみ、多くのお金を落としていってくれるだろうか。

 たとえば温泉地の旅館はすべて宿泊オンリーにして、街の中心部に多種多様の温泉が楽しめるお風呂があり、食事は和食から洋食、ラーメンや居酒屋、バーがあって客が自由にその日の調子や好みで選択できる。こんな温泉地はないものか。宿泊オンリーならば旅館経営だってずいぶん楽になるはずだ。

リゾート地のホテルオーナーの嘆き

 先日訪ねた長野県白馬村のホテルオーナーの言葉が忘れられない。

「ここにスキーにやってくる外国人の大好物はなんだか知ってる? お好み焼きなのよ。せっかく1階にフレンチレストランがあるのに誰も食べやしないわ」

 相変わらず、旅行は「ハレ」の場であって、一泊二食を中心とした「ごちそう」シリーズという古ぼけた方程式を使い続ける日本の旅館に明日はないのである。

新しい日本旅館のかたちを…… ©iStock.com

これまでの日本の旅館のビジネスモデルが形骸化してきています。外国人観光客が増えるにつれて、その問題点が顕在化してきていますし、この問題は日本人が以前から違和感を感じていた内容ではないかと思います。下記のレポートはその問題をあぶりだしています。
時代の変化と共に、日本の旅館システムも変わらねばなりません。
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一泊二食付きの馬鹿げたシステムが日本旅館を滅ぼす

牧野 知弘
文春オンライン2017/09/05

「料理長自慢の逸品」やブランド和牛にはお腹いっぱい

 夏休みの温泉地。都会からはひとときの「憩い」や「癒し」を求めて多くの客が温泉地を訪れる。日本は温泉に恵まれ、全国のどこに行っても、様々な効能の温泉を楽しむことができる素敵な国だ。

外国人の中でも最近はこの日本の温泉地や有名観光地を訪ねる動きが顕著になっている。

 ところが、外国人には日本の旅館の評判があまりよろしくないようだ。温泉で裸になるのが嫌とか恥ずかしいという理由ではない。 

 問題は食事にある。日本の旅館の多くは「一泊二食」という販売形態をとる。日本ではごく当たり前といえるこの手法は実は日本独特のもので、外国ではメジャーなものではない。

 彼らは自分が食べる料理は自分で選択するのが当たり前。初めから料理が決まっている旅行は、ツアーならばともかく個人で訪れる旅行ではナンセンスだ。

お仕着せの料理でバカ高い宿泊料に……

 ところが、日本の有名な観光地や温泉地では宿泊先で供される料理はあらかじめメニューが決まっているものがほとんどだ。自分が食べたい素材や調理法などを選択する余地は一切ない。したがって日本での旅館に対する評価は、温泉の質や客室での寛ぎ以上に料理の内容が問われるというのが実態だ。

 もちろん、地場で採れる食材などを活用して素晴らしい料理を出す旅館も多いが、その多くは和食である。連泊をすれば、食材や調理の仕方を多少は変更してもらえるが、基本的には一週間も二週間も滞在するにはこのシステムはそぐわない。

数日滞在しようとすると法外に高い宿泊料になってしまう ©iStock.com

 日本では旅行は一泊二日からせいぜい二泊三日が主流であった。また、同じ場所にずっと滞在するといったスタイルの旅行は、温泉地における「湯治」などを別にすれば、基本的には次々と場所を移動していく物見遊山スタイルが一般的だった。

 それに対し、特に欧米人は長期にわたるバカンスを楽しむので、観光地や保養地などに来れば、基本的には一カ所に留まり、食事は周辺のレストランで自分の好きな食事を楽しむか、自ら食材を買ってきて調理して食べるのが一般的なのだ。

 ところが、日本の旅館は「お仕着せ」の料理を食べなければならないたとえ自分があまり好まない食材であっても、食事代込の高い宿泊料を結果的に払わされることになるのだ。数日滞在したいと思っても、食事代込では滞在費は法外に高くなるし、だいいち食事に自分たちの好みも反映されない。

すべては宿の都合で成り立っている

 考えてもみれば、日本の旅館という業態はずいぶんと身勝手な存在だ。客は温泉地最寄りの駅に到着すると、改札を出るなり、駅前ロータリーで待ち構えていた「旅館名」を大書したマイクロバスに押し込められる。

せっかく、駅前の商店街を覗いたり、ちょいと足湯に浸かってみたいなと思っても、提灯をもった宿のおじさん、おばさんが「こっちこっち」と手招きをする。

 マイクロバスは周囲の観光スポットなどには目もくれず、旅館までの道をまっしぐらに走る。

 宿に到着すれば、荷物は宿の人間の手によって自動的に部屋に運び込まれ、宿帳に必要事項を記載せよ、となる。宿帳への記入が終われば、お茶を飲むのもそこそこに今度は風呂に入れとせっつかれる。温泉からでてくれば、さあ「飯」である。温泉上がりはビールが定番。

ビールを飲んでいる間に、次から次へと「料理長自慢」と称される逸品の数々がこれでもかと運び込まれる。もう少しゆっくりお酒を楽しみたいと思っても、そんなことはお構いなしにお造り、煮物、揚げ物、焼き物が食卓を埋め尽くす。

最後に温泉地のある都道府県名に「牛」と付けたような「ブランド和牛」と称される、初めて聞くような銘柄のステーキなどが出されて、はいデザート、お茶である。

 食後はブランデーとチーズを、とか外国人が思ってもそんな要望に耳を傾ける素ぶりすらない。

 食事が終われば、「またお風呂をどうぞ」だ。宿の中ではとにかくやることがない。ちょっと街中を散歩しようにも、周囲は全部同じような旅館で寛げるようなバーもない。

 旅館は最後風呂に入ったらとにかく「寝ろ」だ。こうした一連の動きはすべて、実は「宿の都合」なのだ。食事代を込にして宿泊代を高くとる。街中をうろうろされて酒を飲まれても、お土産を買われても自分の懐に入らないので、なるべく客は旅館から外には出さない。そして迎える朝。朝食も魚の開きに卵焼き、かまぼこ、おしんこではい、おしまい。あとは清掃があるのでさっさとカネ払って出て行ってくれ。

<次回に続く>

<前回に続く>


このつらい2週間で気づいたのは、アキオの介護食は、赤ちゃんの離乳食と重なる部分があるなあということ。後からうかがった話ですが、知り合いから、「あなたのつくっているごはん、赤ちゃん向けの離乳食とそっくりね」とも言われました。赤ちゃんは生まれたときから成長に合わせてだんだん噛めるようになっていって、大人は年をとったり、病気になったりすると、次第に噛めなくなっていきますからね。

──アキオさんのごはんは、クリコさんも食べていたんですか?

クリコ:もちろん! いつも彼が食べるものは全部私も食べていました。アキオはもちろん私がおいしくなくてはダメなんです。病人だけが別のごはんというのはよくない。すごくさびしいじゃないですか。家族は、みんなで同じものを食べていたい。それが私の中の大テーマなんです。ごはんってやっぱり、家族と一緒に食べているからこそおいしいんですよ。

アキオは3年半の闘病生活を経て、55歳の冬に天国に行きました。

うちは子どもがいなくてずっと二人暮らしでしたから、人生初めての一人暮らしになりました。その途端、ごはんをつくれなくなってしまいました。自分のためだけに料理をするのがものすごくつらくって。作る相手がいないというのは、こんなにむなしいものなのか。4カ月近く包丁を持てなかった。トマトすら切れない。料理って、やっぱりおいしいって食べてくれる人がいるから楽しくつくれていたんだな。アキオがいなくなって初めてわかりました。

(後編に続く)

料理研究家 クリコ
料理研究家・介護食アドバイザー。大手IT企業の広報として勤務中に、アキオと出会い結婚・退職。彼の後押しで自宅で料理教室を始め好評を得るが、アキオの口腔底がんが発覚。「私が彼を元気にして、会社に復帰させてみせる」と決意し、噛む力を失った彼のために「味が良くて、おいしそうな介護食」作りのノウハウを確立し、職場復帰を実現させる。新作レシピを「やわらかい・飲み込みやすいクリコ流ひとりひとりの介護ごはん」で掲載中。

<前回に続く>

まず、料理をつくる私が楽しむことにしました

──本書を読んで思ったのは、夫のアキオさんのがん闘病に付き添いながら、食事は手を抜かない、むしろ工夫しておいしい介護食を発明するということです。クリコさんも楽しんでいらっしゃいました?


クリコ:
あれ、バレてましたか(笑)。途中からものすごく楽しくなったんです。介護食メニューの開発が。さまざまなピューレをつくり、いろいろな食材と組み合わせることで、新しい料理を「発明」できる。「介護食」って新しいジャンルの家庭料理で、私、何か発見しちゃったぞ。そんな思いでどんどん楽しくなっていきました。

病人に食事をつくる、というと「苦役」のイメージがあったりしますが、私にとっては愛する夫のために、次はどんな料理をつくってあげようか、という楽しみのほうが圧倒的に大きかったですね。

私がとことんつらかったのは、介護食をつくり始めた最初の2週間です。

──何がつらかったですか?

クリコ:ピューレづくりですね。食材を丸ごとミキサーにかけただけの流動食はつくりたくない。普通の料理のようにひとめ見ただけでなんの料理がわかるようにしたい。そのためにはどうしたらいいのか。でも、ベースは食材をピューレ状にしないといけない。この矛盾した課題の解き方になかなか行き着かなかった。

光が見えたのは、クリームシチューのレシピをつくったとき。素材をまとめてピューレにするのではなく、ニンジンやジャガイモなど野菜をひとつひとつ小さく刻んで、舌でつぶせるくらい柔らかく煮込み、脂の乗ったサケのハラスを細かくほぐして、シチューに混ぜる。素材それぞれが独立していながら、舌と上あごだけでつぶして食べることができる。アキオにも褒められました。

<次回に続く>

<前回に続く>

次の課題は、「ふわふわ」に加えて、さまざまな食感を再現しながらも、楽々食べられるメニューの開発です。

『希望のごはん』に出てくるカニポテトクリームグラタン。こちらはクリームコロッケの食感をどうやったら介護食で再現できるだろうか、と工夫したレシピです。

コロッケのおいしさのひとつは揚げたてのパン粉のさくさく感にあるんですが、アキオの場合、もはやコロッケに使うような粒の大きなパン粉は口と舌ではつぶせず、トゲトゲして痛いだけになってしまう。


そこで、まずなるべく細かいパン粉を使うことにしました。それから丸々としたコロッケの形では食べることができないので、コロッケの中身をグラタン皿に乗せて焼くことにしました。

コロッケをグラタンにしちゃったわけです。中にはアキオの大好物のチーズも入れましたが「とろけるチーズ」じゃなくて、パルメザンチーズを使いました。とろけるチーズは冷めてくるとあれは板状になっちゃうので、アキオは絶対食べられない。

エビもぷりぷりな1匹を食べることができないので、すり身にしてつみれ揚げにする。表面のパリっとしているけれど中身はふわふわ。ヒントは「海老しんじょ」でした。さらに形をまんまるじゃなくエビの形にして、干しえびの粉を入れてエビの風味が増して味を濃くしました。揚げることで、ぱりっとした食感を楽しんでもらい、その後ふわふわの食感が連続する。

トンカツについては、青山の名店「とんかつ まい泉」さんのヒレカツサンドがヒントになりました。昔テレビでまい泉の特集番組を見たんですが、大きい肉を広げてぎゅーっと寄せてトンカツにしてふわふわのヒレカツサンドができあがる。

あのまい泉のヒレカツサンドがヒントとなって、ふわふわのお肉料理をつくることができました。名店の料理が実は介護食のヒントになったわけです。

<次回に続く>

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