
その理由として、既に認知症による物忘れがあり、契約自体が無効なのではないかという質問があったり、うつ症状が激しくなり、物事の判断ができない状況で結ばれた契約は無効ではないかと主張される場合があります。
地域のケアマネや行政の地域包括の皆さんから施設入居の際にご相談を頂き、身元引受をさせて頂く場合も施設入居に反対するご親族が、本人との間で結ばれた施設入居契約や身元引受契約の無効を訴えてきたりするケースもでてくるのです。
その狙いは様々だと思われますが、概ね、財産相続をめぐってのトラブルが多いかと思われます。施設入居や身元引受に使われるお金があれば、少しでも取っておいてもらい自分たちが最後は相続したいという思惑もありそうです。
ここで認知症の親が結んだ契約の取り消し問題を検討してみたいと思います。
民法上は、例え認知症などで判断力が衰えた方でも、いったん本人が締結した契約は特別な場合を除き取り消すことはできません。但し、法律は認知症など本人に意思能力が無かった場合の契約を無効としていますが、取り消しや解除ができるのは、基本的に契約を締結した本人のみとなりますので、認知症だからといって家族が勝手に取り消すことはできません。
家族が本人に代わって契約を取り消すことができるのは、家族が家庭裁判所に成年後見制度の申し立てを行い、事前に成年後見人として選任されている場合は例外として認められることになります。それ以外は無理と言えます。
しかし、有効な契約を結ぶためには本人に一定の判断能力(法律用語で「意思能力」といいます。)が必要となるのは言うまでもありません。本人に、この意思能力が無かった場合には、契約は無効とされてしまいますので要注意です。
では、どのような場合に、本人に意思能力が無かったといえるのか。これについて、参考になる裁判所の判決をご紹介しておきます。
https://www.kizugawa-law.jp/blog/blog-cat01/blog-cat01-1885/
この事件では、認知症により要介護3の認定を受けた高齢者のAさんが結んだ根抵当権を設定するという契約について、その効力が争われ、Aさんに意思能力があるかどうかが問題となりました。
裁判所は、結論として、意思能力が無い、だから契約は無効!と判断しました。 では、裁判所は、この方に意思能力があるかどうか、どのように判断したのでしょうか?
裁判所が注目したのは、Aさんの要介護認定の際の調査票と主治医の意見書でした。Aさんの調査票には、Aさんが毎日の日課を理解することはできないことや何度言ってもすぐに忘れてしまうことなどと書かれていました。また主治医の意見書には、記憶力に問題があることや、自分の意思を伝えることができるのは具体的な要求に限られることなどが書かれていました。
これらに加えて、平成2年からAさんを診察してきた医師が、Aさんに抵当権を設定するということについて理解することが困難であるという意見書を作成していることや今回問題となった契約が複雑な契約であることから、裁判所は、Aさんに今回の契約を行う意思能力が無かったと判断しました。
このように、認知症であれ、うつであれ意思能力があるかどうかについては、その当時の本人の状況を示す客観的な資料から本人にどの程度の判断能力・理解力があったと認められるか、本人を診てきた主治医の先生がどのように判断しているか、問題となった契約がどのようなものか(比較的簡単なものなのか複雑なものなのか)、などが問題となりるのです。認知症の診断だけではなく、実際に判断能力が無いといする臨床事例等の裏付けがあって初めて無効と判断されるのではないかと思われます。特に医師の診断書は最重要と言えます。
但し、消費者契約法の利用などで、その契約が悪質な場合は本人の申し出により無効化できるとされているのは言うまでもありません。その内容とは、次の3つに該当する場合とされています。
・契約者の誤認による契約の取消権(1項・2項)
・契約者が困惑したことによる契約の取消権(3項)
・大量契約の取消権(4項) 認知症の親が結んだ契約を取り消すことはできますか?という問題に直面することがあります。